(有)岩岡土建

(有)岩岡土建

こちらは紋別市の小向という地区にある読んで字の如く、土木建築業の会社の様です。

流石に小向地区も昔から比べたら寂れて来た感じは否めません。

それでも土建業は道路の維持管理をする関係上、そこそこ仕事はあるのでしょうが、地域を活性化させるだけの業種では無いと思いますし、紋別市全体も調べていると去年・一昨年位までは営業していた筈の事業所が、今年既に閉鎖していたりしているので、急激に衰退している感じがします。

ましてや消費税10%の心理的な影響による日本経済の悪化や、中国と韓国の経済の減速感は半端無く、中国と密接だったドイツはその影響をモロに受けているらしいとの情報を勘案すると、米国と日本の株価上昇などは気休めにしか見えない気がします。

そんな中で、自分の出来る事と言えば貯蓄位しか思い浮かばないのは、個人的にも残念な感じです。

日本全体が未来に対して希望を見出して、子供たちにも明るい未来が待っていると信じられるようになれば、出生率も上がるでしょうし、地域の活性策も浮かんでくるのかも知れませんね。

そこで個人的に次の様な仮説を立ててみます。

日本人が背負う負担が大きく成り、それが大きくなるが、減る事が無いが故に、未来への希望が見いだせない。

つまりルールは増えるが、増える事で自由を奪われ、自由が奪われるが故に、将来への夢や希望を見出せず、閉塞感を感じる。

例えば、「環境に優しく」と言う美辞麗句で、ゴミの分別をさせられ、ゴミを廃棄するにも、ゴミの袋代と称してゴミ廃棄の料金が上乗せされた金額を請求される。

地方自治に払う住民税を払ている住民から、さらに別途袋代と称して料金をふんだくるっている事は、暴力団がよくやる場所代の様な事を地方自治体が公然とやっていると思います。

おかしくないだろうか?

この様な小さな縛りが、物を買うと言う行為に対して、抑制される事により、経済自体が抑制され、生きる事が抑制されているのでは無いでしょうか?

日本中でそれが条例で定められ公然と行われている事で、強盗行為が公認されてしまっていると思います。

いくら強盗行為でも条例でそう定められれば、強盗行為しても良い事とされ、正当化されてしまうのです。

生きる事に直結する政治に地方自治に無関心なのは、人が人として生きる事を放棄している様なものでしょう。

善人が政治をしているのではありません。強盗が政治をしていると認識すれば自ずと、ゆでガエルが茹でられているのを自覚出来るでしょう。